大判例

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仙台高等裁判所 昭和59年(う)143号 判決 1984年11月27日

本籍・住居

宮城県本吉郡志津川町本浜町九四番地

会社役員

今野正七

大正七年一月二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五九年六月四日仙台地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官荒木紀男出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人畠山郁朗作成名義の各控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官荒木紀男作成名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査し、当審における事実取調べの結果をも併せて諸般の情状を検討すると、本件は、原判示のとおり、鰹餌蓄養業を営む被告人が、自己の所得税を免れようと企て、収支に関する記帳を行わず、簿外の定期預金を設定するなどして所得を秘匿したうえ、所轄気仙沼税務署長に対し、昭和五五年度から昭和五七年度の三年間にわたり、それぞれ虚偽の所得税の確定申告書を提出し、もって、不正の行為により右三か年度分の正規の所得税額と申告額との差額合計二、八三三万五、八〇〇円を免れたという事案であって、原判決の認定に事実の誤認はなく、その経緯等を見ると、被告人の属する業界は好不況の激しい業界であり、かつ、撤餌用のいわしを買い入れる際のいわゆる買い廻しには多くの経済的危険を伴うことから、不況時や不慮の損失に備えて事業資金を確保するため、多額の所得がありながら、売上帳や仕入帳などを記帳することなく、「餌帳」と称するノートに餌いわしの取引杯数のみを記載して正確な所得の把握を困難にし、所得税の申告時には取引杯数を大幅に減少させてバケツ一杯当たりの利益から所得を算出するいわゆる「つまみ申告」を行い、取引銀行に簿外の仮名定期預金を設定して所得を秘匿するなどの不正な方法により所得を過少に申告して多額の所得税をほ脱したものであって、これらの所為が被告人の意思に基づくものであることは明らかであり、犯行の動機、態様、ほ脱額等に鑑みると、犯情は芳しくなく、その刑責は軽視することを許されない。してみれば、右業界の取引の形態とその実態を考慮し、被告人がすでに重加算税、延滞税等をも納付して反省の態度を示していること、その他被告人の年齢、健康及び経済状態など所論指摘の被告人に有利な又は同情すべき事情を十分参酌しても、被告人を懲役一〇月及び罰金八〇〇万円に処し、右懲役刑については三年間その刑の執行を猶予することとした原判決の量刑は、止むを得ないところであって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金子仙太郎 裁判官 小林隆夫 裁判官 泉山禎治)

昭和五九年(う)第一四三号

○ 控訴趣意書

被告人 今野正七

右の者に対する所得税法違反事件の控訴の趣意を左記のとおり陳述する。

一 本件公訴事実については、有罪の認定に異論はないが、以下述べる事実および理由を以てその量刑には承服出来ない。

二 被告人の脱税事件は、この程度の申告をすればとの従来の悪習慣のどんぶり勘定―つまみ申告を踏襲した結果で、それも現実には起訴の如き所得―利益がなかったが故である。預金等八千万円云々との主張はその半ばは支払いに充てるべきものであることを看過した主張である。

三 仮空名義の預金については捜査官に述べあるように、それは全く被告人の意思にもとづかないでその様になったもので被告人はもともと仮空名義の預金など考えたこともなかったものである。

四 被告人は、妻子長年の貯蓄等すべて払出し且つ銀行借入を行って本税のほか重加算税等一切を納付しており銀行借入れも、もう出来得ない状態である。重加算税の如きはそれは刑罰でないとして罰として課されるものであることは明白である。

五 原判決は、現実に多額の預金あり、積極的な所得隠しの仮空名義の預金を設けた悪質な事犯と認定した結果としか思われない。被告人は悪質な人間でもなく又悪質な方法も構じていない。原判決の量刑は被告人に苛酷と云う他ない。

よって、原判決破棄の上寛大な裁判が為されるよう求める。

昭和五九年八月四日

右弁護人 畠山郁朗

仙台高等裁判所第二刑事部 御中

○ 控訴趣意書

所得税法違反被告人 今野正七

右の者に対する控訴の趣意を次の通り陳述します。

原判決は被告人に対し非常に重く、この上不服で有ります。次の点を御考慮の上減刑される様望みます。

一 餌関係の取引きは餌帳に集約して有り売上、売先仕入先仕入杯数等判る様記入して居り之にて用を辨じて居りました。正常は記帳を怠った事は誠に申訳有りません。定期預金を設定したのは三十五年来の間に働いた妻や嫁の労働の集積で有り、不動産の販売利益を操り返し書換へて来たものが多く別に脱税を企図として定積や記帳を行ったもので有りません。

二 私の商売は特種の商売で有り生きたいわしを取るもので種々の条件が複雑に絡らみ合って居ります。第一に商品のストックが出来ません。一定の期間中に販売しなければ収益は0~赤字と成り海中投棄につながるものです。此れは適時に販売しなければお金にも何にも成らないのです。当然売手と買手の間に種々な条件が発生します。私が現在の事業を続けて行くには仕入側の要求と買手側の要望に沿うより他に道が有りません。買手側の売上は正確に計上出来ますが、仕入側の要求が有る事に依って仕入は不正確にならざるを得ませんが営業を続けて行く上から不本意乍り此等の不合理を呑まざるを得ません。呑んで行かなければ営業を続けるのに支障を来たすのです。結果として見掛けの所得は増大致しますが実質所得は減と成るのです。

五五年度所得は三四、二八四、八九五円と相成って居りますが、岩手方面の餌の取引の中の同業者の扱い分、自分の扱い分の数量は正しいのですが金額が実際より過少に金額を基にして作られて居りますので発生する所得額が増大したものに成って居ります。

五六年度所得は一三、八四二、〇〇〇円と相成って居りますが定置網側の要求や一月二六日に貰火に依って倉庫が全焼し、焼失した損害は申告額の数倍に及び之に加え買迴し損失三、四一〇、〇〇〇を加えた場合実質所得は算定所得額より大巾に成って居ります。

五七年度所得は二七、八四三、四九六円と成って居りますが、前年同様の定置網の要望や貸倒金、庄司常五郎氏の一、〇〇〇、〇〇〇や池田治郎氏の二、一四四、〇〇〇円、合計三、一四四、〇〇〇円等回収不能の分まで含んで居ります。庄司氏倒産、池田氏は死亡して居りますが書面に依る債権放棄が怠って居た為なのです。結極債権放棄を到しましたので収入は0で有りました。以上の様な事情にて算定所得と実質所得の上に大巾な誤差が有りますが三~四年前の事を論ずる事に依り営業の続行・取引信用等(一)に成るだけ(十)には成りません。又、之以上お国に御迷惑を御掛け致す必要も有りませんので自分の健康状態を考え大局的に見て再起を計るのが肝要と考え承認に踏切ったものです。

三 五五年度干小イワシが大漁と成り、今迄で倒産寸前の小型定置網の立直りに協力した事に端を発したものですが網側からの窮情の訴えが有ったのは事実ですが自分の事業の防衛の為に又生き物を取扱う為に危険覚悟の為に取扱うイワシの取引きは総て現金なので万一の事態を考えての事でしたが自分の営業の為に国法を侵す事に立至ったのは甚だ申分け無い思いですが同じ同業者で同じケースの方と比較した場合罰金の額が多すぎます。罰金の算定は私には解りませんが多額の罰金は私に取っては生死の問題で有り再起の希望も計画も立ちかねて居ります。

四 私の不始末で起った本件に付いては責任は私に在り責任を回避するもので有りませんが私の身の状態が労役に服しかねる状態なので有ります。数年来の不整脈と糖尿病の為取調中は最悪の状態で有り特に年末最終の調べでは自分の体でない様な状態でした。何んとかして早々終了して健康の快復が先決だと考え取調べはどうにでもなれの心境でした。逐いに、一月四日に東北公済病院に入院加療致しました。幸い軽い脳軟化で幸いにも視神経が侵された程度で弱視と強い乱視の復合で日常の生活に困る状態で有ります。現在共に通院中です。心だけは、丈夫にと心掛けて居ります。

五 国税重加算税、延滞税、町県民税、個人事業税等五七、〇〇〇、〇〇〇円納入し、此の為に気仙沼信用金庫志津川支店に全財産を担保に借入れ其の他定期解約等で現在迄で過して来ましたが、後は解約する定期も無く、今後は快復して来たイワシ漁に期待するより道が有りません。総計借入金を合せ七〇、〇三〇、〇〇〇円也を調達到しましたが種々の出費が重り合い、又借入金四千九百万円の元金利子払い、掛けおくれた定期のおくれ分(解約するので止を得ず積んで解約)生活費、冷水温に依る漁のおくれ、選挙費用等で手持金零に近い物に成って居ります。

又、五八年度は菅野税理士の指導で経理の明確化を計りました所一月より七月二十七日迄で個人分は一、二一三、九〇〇円の赤字七月二七日~二月迄で会社分は六、七六九、一二〇円の黒字と相成りました。申告も終了致して居ります。

昭和五十九年八月四日

被告人 今野正七

仙台高等裁判所第二刑事部 御中

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